解放の宴〜愛を探す旅〜

 

 

一体何がこれ程までに私を感動させるのだろうか

一体何がこれ程までに私を突き動かし、魅了するのだろうか

 

 

私の言葉の意味をわかる人はいない

「私の言葉は、はなはだわかりやすく、はなはだ行いやすい。
ところが、これをしっかりとわかる人はおらず、
ましてや、これをよく行う人はいない。

言葉にはその大本となるものがあり、ものごとにはそれを統べる中心があるが、
人にはそれがわからないので、
私のことを理解する者がいない。

わかる者は稀であり、
それゆえ、私に倣う者はほとんどいない。

そういうわけで聖人は、粗末な衣服を纏って、心に玉を抱くのだ」

老子 第七十章 褐を被て玉を懐くー


全ては抽象的な比喩に過ぎない
私はその境地へたどり着きたいと言っているのではない
寧ろ抗い続けたいと言っているのだ

 

見るのでは無い、感じて欲しい即ちそれは心の目で見ることとなる

 


先日友人に
「私の言葉の意はどれくらい伝わるかな?」と尋ねてみた
友人は
「私には届く」と言ってくれて嬉しかった。
続いて私は尋ねる
「私の言葉の意を理解できる人はどれくらいいるだろう?」と。

友人は

「それは針に糸を通すようなもの」と答える

 


抽象的な事象とは見るものの想像力を必要とする、知覚を啓く必要がある
具体的な事象とはそのものの情景を細部まで連想することができる


老子は抽象的
マザーテレサは体現でした、具体的な存在と言ったところだろう

抽象的なニュアンスの世界、芸術や、テーマや、言葉、様々なものを
具体的な事象が彩りを与える
抽象的で理解できることもあれば
具体的に示されていないと認識できないことがある
具体的な例を連想する事で、具体的な事例を再認識することで、知っていた、忘れていた感情を思い出し、心を揺さぶられるものだ


選択や行動には対価があり
大きく動くものにはより大きなリターンがある。

しかし動かぬとは得るものも少ない


私は抽象的な世界が好きだが、具体的な事象によってより理解が深まることを思い出した。
それは大切な気づきに思う。

 

されど、抽象的とは美しい
あらゆる可能性を概念で縛るのを恐れる
感じる力が鈍化するのが怖い

 

私は言葉を必要としない世界が好きだ
私にはその言葉の変化や色、音が見え過ぎてしまう
時に言葉をニュアンスだけで感じることが出来れば様々な関係にどんな違う色の世界が見えるのだろうかと思う
それはただ、ただ感じる世界
全ての感覚か開き
感性が言葉を凌駕する世界


真実なるものを求めひたむきに旅に出るものは美しい
ただひたすらに一事を追求する
その行き着く先とはどんな境地なのだろうか


真実なるものを「愛」と言われるものとしたとする

(これはあらゆることに例えることができる)


私は愛という言葉は知っている
しかし愛とはどんなものかと問われると、答えることが出来ない
感じるものであり
それは概念化し、言葉の羅列に表すと何処か薄っぺらく淡白に思える


どんなものか分からない
ゆえにそれはなんたるかを知りたくなる
それならば、まずは愛と言われるものを感じる旅に出るだろう


その中で愛の跡を見つける
愛の跡は跡であって愛そのものではない
先が見えず、道に迷いながら旅を続ける

途中で愛の一部を見つける
一部は知識を知見しただけで生命にはなっていない
ただその一部を見つめ
その愛たるや私の愛かを心の目で見る
知覚を啓きながら、知覚では捉えられないものを受け取る

 

一時は本物かと感じたがそれは暫くして違うと知る
何処か私が「お人形」に感じる

本物が何かも知らないはずなのに、偽物は何故かわかる
それが本物へと向かう過程であることを私は知っているのだろう


何度かそれを繰り返し、やがて心が疲れてきた
もう休みたい…
心の目を閉じる事を決める


不思議なものだ
求めるのをやめると自然ともたらされるものである

 

やっとのことで愛を掴む
それなのに愛を掴んだけれども努力なくしては手からすり抜けてゆくことを知り、手からすり抜けないように努める

あらゆる「忍耐」を必要とされる

愛とはなんとも手がかかる何処か面倒なものと知る
しかし手をかけたものほど愛しく美しい

 

月日が経ち愛が心の中に入り込む
しかし油断していては
世の中に触れ、つい欲なるものに溺れてしまう
懸命に努力して手に入れたものなのにその努力など忘れ去ってしまう
なんと愚かな人間なのだろう
しかし「忘却」という愚かさとは時に美しくもある


それをも越え
愛が心の中に定着し、一体化する


するとあれほど求めていた愛のことは忘れ去る
求めていた愛は内にあると気づく
あらゆるものにこだわらず、あらゆるものを受け入れる
それは美醜善悪を越える瞬間

 

さらに月日が経つ
愛を求め旅に出、求め尽くして、自分のものにし、愛を求めていたことも忘れ私に立ち返る

いつの世も
柳は緑、花は紅
栄枯盛衰も飛花落葉も必然
偽りの世界に住む私が私の世界に立ち返る

解き放たれる瞬間
その瞬間とは至福の時
止まっていた全てが流れ始める
ただただ感じる時間

 

そう思っていた

 


私はどの段階にいるのだろうか?
時には最初の段階ですぐに戻り、
時には最終的な境地の手前に立っていたのに自らまた最初の段階へ戻る事を選んだようにも思える
もしくはもう在るのに無いと探しているのだろうか


私はその真実に無知

 

人は赤と一口に言っても同じ赤色は出てこない
求めるものには、認識には「違い」がある

苦行を続けていると苦痛が快感へと変化することがある
それは矛盾が矛盾の極みに達した時
それすら純粋なものとなるのに似ている
その矛盾の存在と非存在の境界を行き来する
私は幾つの境界を越え羽ばたくことができるだろうか

 

感度が鈍化してゆくのが怖い
あらゆる概念に縛られるのを嫌う
ゆえに瞼を閉じる
音がリズムを刻むのを感じる
香りが、音が、味が、肌があらゆる感覚が開き
全てが極限までに鋭敏になるのを感じる

 

感覚の世界に身を侵す
あなたは問い
私は言葉にならない声で答える
それは言葉になどできない非言語の領域
そして言葉を必要としない世界
そのリズムに引き込まれる

時に瞼を閉じ感覚を高め
時に目を見つめ合い目で会話する
そんな言葉を必要としない世界が好きだ
その時間私ただただ感じることに浸れる
だから好きなのだ


私は何処まで行き着くことができるのだろうか


あなたは「私」を見ていない
私を目でしか見ていない
即ちそれは私もあなたを目でしか見れていないことを指す…


心の目でみて欲しい
ゆえにまずは閉じていた私の心の目を開くことにしよう

それは解放の宴の準備