最高と次善

「常に自分が思い描ける中で最高を求めなさい」

私は母にそう言われ育った

人は目先の利益や簡単に手に入るような「次善」のもので満足する時がある

しかしこの「次善」満足度が低い

常に次の可能性、他の選択肢を模索し、心が本当に満たされることはない

 

自分の中の本質を見極める

そして本質を際立たせるには極限まで本質以外をそぎ落とす

 

本物はいつもシンプル

余分な装飾がない

素材で勝負している

 

本質を追求する時「恐れや不安」が邪魔をする

自分では「不可能かもしれない」という「不安」

できない理由や理屈を並べて自己肯定する

それが自分を縛り身動きを取ることをできなくする

それに負けると次善を選択することになる

次善、二番目ばかりに囲まれていると本当に自分が求めていたことがわからなくなる

そしてこのことに気づいているにもかかわらず

次善ばかりを選んでいたらまた次善を選ぶ

挑戦しなければ人生は単調になる

 

本物を追求するには勇気が必要

思考ではなく本能

自分の中の内にある声に耳を傾け従う

自分の中の最高、自分にとっての最高

 

最高、本物を追求していくと気づけば手にしているのは本物だけになっていることにある日気づく

自分にとっての本物

他は必要ない

これさえあれば、この人さえいてくれれば

心が潤い、満たされる

満ち足りた心は外見に表れる

その美しい波動が次の幸運へとつながる

 

感覚を研ぎ澄まし

自分の中の最高の欲求を見極める

自分で自分を縛るのはやめる

そして私は今日も自分にとっての最高を求める

 

 

 

深み

一流の仕事というのはどこか説明を拒絶する豊かさがある

感動を表現しようとしてもどこか言葉が追いつかない

美しいものも然り

言葉では表現することが叶わない

美しい言葉を並べれば並べる程に逆に表現したいことから遠ざかる

最高のもの、人、作品、芸術

最高には言葉が不要

美しい世界観

何層もの魅力が折り重なり生まれる

 

私たち人間も同じだ

この世は相対性

相対する何かがないと認識できない

隠が極まり陽が生まれる

”隠”と”陽”の繰り返し

相反する要素が深みを増す

そして言葉では表現することが叶わない

えも言われぬ深みとなる

 

”清い心”

私が”隠”が極まると欲するもの

心の濁りを拭い美しい感情を求める

”隠”が深いときは時間がかかる

しかし”陽”の反動、質は高くなる

全ては”表裏一体”

 

 

 

 

引力のある女性2 麗しい女性

精神は容姿を支配する

要するに外見は内面の一番外側ということだ

精神=内面が外見を決めている

ゆえに外見で判断されるのは仕方のないことだと常々思っている

何を大切にしているのか

その考えが外見、立ち振る舞いに現れているからだ

細部まで行き届いた手入れ、所作

美しい姿勢

潔さ

そんな方に私は心惹きつけられてしまう

麗しい女性

麗しい

精神的に気高く美しく、人に感銘を与えるさま

その境地に到達するまでにどんな経験をしてきたのだろう

 

言葉は人格を表す

行動、所作も然り

発する言葉はその人の考え方、育ち、価値観が詰まっている

違和感を感じてしまえば言葉を交わすたびに溝が深まる

逆に魅力を感じれば言葉を交わすたびに魅了されていく

 

精神的な気高さ要は芯がありぶれない強さがあるということだ

揺らがない

感情の浮き沈みがなく一定

それは自己処理できているからだ

自分の感情を自分でコントロールできている

自分の感情を他人に支配させない

これは困難な作業だ

人間良いと感じることがあれば嬉しいし

嫌だと感じることがあれば悲しい

外の世界に一喜一憂してしまう

それをコントロールする

レベル1の問題を問題と捉えているうちは問題

しかし自分がレベル3になっていればもはやレベル1は問題にはならない

 

麗しいと感じる女性に口数が多い女性はいないだろう

 土足で人の心に足を踏み入れることもない

ゆっくり時間をかけて相手との心の距離を縮めていき気づいたら自己開示を相手からしている

”待つ”これができる

目の前にあるもの表面的なものを信じるのではなく目にはみることのできないもの自身の直感を信頼する

 

気高い精神は自身を律するもののみが体現できる

そしてそれは容姿に現れる

麗しい女性は強烈な引力を持っている

圧倒的な存在感

なりたければ意識を精神を望む方向へ、目標へ導いていけば良い

すると自然と麗しい引力のある女性になっている

なぜなら

精神は容姿を支配している

のだから。

 

 

 

 

 

 

変化の波にのるセンス

”趣味が良いということは贅沢が身についているということ

たゆまない自己鍛錬、無駄と思えるような出費、浪費、時間を費やさなければ決して趣味が良い人にはなれない”

引用 オスカーワイルドに学ぶ人生の教訓 (サンマーク出版

なんと腑に落ちる言葉なのでしょうか。

全ての素晴らしい作品、芸術、様々なものはこのことの繰り返しである。

一見なんの意味ものいような事

浪費とも思えてしまうような事

無駄に思えてしまう事

これらを継続してただひたすらに自己鍛錬を繰り返す

初めは繰り返し行っていただけに過ぎないがとある日成果を感じてくる

そしてなお自己鍛錬を繰り返す

すると気づけば”本物”になっている

そしてこの自己鍛錬は自信へとつながる

絶えず繰り返し行い、模索しあらゆる可能性を試してきた。

揺るぎない自信

 

私は自分が好きだが時々全てを壊したくなる時がある

これは私が一見無駄と思えるような事だが無意識に繰り返して行っている数多くの事の一つである。

壊したくなるのは決まって”既存の価値観”である

私が今信じてやまない”自分の中の常識”や”正論”果たしてこれは本当に自分にとって必要な価値観なのだろうか?と問いたくなる時がある

なぜならこれらは私が”変化”、”飛躍する”ことを妨げ邪魔するからだ

自分が傷つくことから必死に自分を守ろうとしている

 

私は選択があるときに必ず最良の選択をしている

無意識的に今までの価値観を捨てることができていた。

ときに正論が正しいわけではない。これは常々思う。

自分自身の芯。深く揺るぎないものは変わらないが後付けの価値観、正論は潔く捨ててきた。

常に自分を自由に変化させれる人は魅力的

 

私の元を多くのものが去っていった、あるいは手放した。

今まであんなにも愛おしいと感じていたものも、溺愛していたものも

急に違った色に思えてくる

 

それは”変化の時”

私はその都度変化の波をキャッチし、波に乗ってきた

その時、鍛錬を繰り返してきたもの、既存の価値観、正論これらはどれだけて塩をかけてきても手放す必要がある時もある

いかにそれを潔く手放すことができるか

波は一瞬

迷っているとのり遅れてしまう。

そして執着している姿は美しくない

 

たゆまない自己鍛錬、無駄と言われるような出費、浪費、時間を費やし

変化の波が訪れたらそぐわない考えは潔く捨て変化の波にのる

その繰り返しでダイヤの原石は磨かれる

より美しく、輝きが増す

そんな女性で在りたい

 

 

 

 

 

 

魅了する人々

人の本質

言葉、振る舞い、行動、態度。

人を見る上で幾つかの判断材料がある。

私が最も重要視していることは

”何気ない行動、ふとした発言”である。

人は緊張したり、意識したりしている時には着飾ることができるが、ふと我に帰る瞬間。自分にかえる瞬間。

意識していな時の何気ない言葉の端々やちょっとした仕草で人柄はわかる

                   漢学者”蘇家の人を見る方法”

漢学者たちもこのように人間観察方法として活用していた

 

私は長年”紳士”を求めてやまない。

紳士とは正直、温和、寛恕、勇気、聡明などの美徳を持ちこれを最も優雅に行動できること

サッカーレ

遠い距離感では紳士は多い。

2時間お食事。半日のデート。小旅行。

しかし近い距離感。日常、毎日となるとサッカーレの唱える紳士像を体現できる男性は少ないように思える。

遠い距離感では自分を着飾れる。

近い距離でも体現できるのは本質として自分の一部として染み付いている証拠

自己鍛錬を続けてきたもののみに為せること

本物は近い距離感でも継続し行動できる。これぞ本当の紳士だと考える。

淑女も然り。

自分自身が淑女でいないと紳士と出会えることは少ないだろう。

”行動”

行動はその人の本当の姿が映し出される鏡である

ゲーテ

口だけではどんなことも言える。

行動が伴っていない発言は確かに口だけ

見極めるには十分。

 

本物はこの先が違うのだ。

発した言葉を現実のものにするために行動を起こす。

そして継続し続ける。

そうするといつしか気づけば事実になっている。

これが思考に気をつけなさいと言われる本質。

普段発する言葉が”言霊”となり自身の運命を変えていく。

言葉が自分を動かす原動力となり行動する

この行動が未来を創造していく

 

大切なのは言葉を厳選し丁寧に扱う

この言葉を実行できるように行動を起こし

現実になるまで努力を継続をすること

そしてそれを体現している本物の紳士をを見つけたら

徹底して愛し、感謝を続けること

そして自分自身が淑女でい続けるための努力を怠らないこと

 

 

 

 

 

 

 

 

引力のある女性

魅了、目を引く女性、なぜか惹きつけられる女性

引力のある女性。

闇が深ければ深いほど光が増す

表面的に魅力的な人でも今ひとつ引力に欠ける人もいる

美しく、聡明にも関わらずどこか引力に欠けている

特別美しいわけではないが強烈な引力を持つ人もいる

 

違いは”痛み、孤独、理不尽さ”これらを乗り越えた経験、闇を見たことがあるか否かだと思う。

傷ついた経験がある人は優しさという最も強力な”強さ”を持っている。

この強さは謙虚さを身につけ、人に対し思いやりを持って接することができる。

全ての出来事が当然、当たり前ではないことを理解しているから感謝が多い

これはしなやかな美しさとなり人々を惹きつける。

憂な表情、柔和な雰囲気、芯が感じられる意思

これらは神秘に満ち溢れ妖艶な魅力として映る

底が見えない、もっと知りたくてたまらなくなる。

掴んでいるようで全く掴めない

 

奇しくも今まで恵まれた環境で育ったものにはこの”独特”とも言える魅力は備えることができない

ゆえに表面的には美しいが引力は出ない

美しいだけ。

 

今は辛くて思い通りに進行していないように思えても諦めず努力を続ければ必ず自分の欲する未来を手にできる

全ては、欲するものを手にするまでは旅の途中。

そう思うと肩の荷が降りる。

 

私自身もそうである

今は目指しているところ

過程に過ぎない。

しかし積み重ねほど尊いことはない

 

思うようにいかなくてもそこから学びとることができれば良い

乗り越えると自分の強みに変わる

しなやかな強さ。簡単には手にできないが、手にするのとしないのとでは明らかに違う。

乗り越えた女性は美しい

ゆえに今日もその美しさで人々を惹きつけてやまない。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜年齢を重ねた美しさ〜

今日素敵な女性達に出会った。

改めて女性の魅力について考えさせられた。

年齢を重ねてもなお笑顔、穏やかさ、謙虚さ、純真さを持っている女性は魅力的。

年齢を重ねることで人は自分の価値観に縛られ素直にあるがままを見ることができなくなる。

経験則から判断し諦めてしまう。

子供達は物事をあるがままに純粋に見、疑わない。清い美しさがある。

年齢を重ねてもなおその要素を持っているのはなんと素敵なことでしょう。

穏やかに微笑み。自分の立場。経験に甘んじず常に謙虚で在る。

わからない、知らないことは知らないと尋ね。

感動したら素直に涙を流す。

感謝が多く。言葉に、態度にして伝えることができている。

発する言葉はポジティブでいつも笑顔。

子どもたちだけが、自分が何を探しているか知っているんだね。

引用「星の王子さま」(ゴマブックス株式会社)

 

素直に自分の欲求を確認する。

無邪気なだけでは品格があるとは言えないが、

年齢を重ね、純真さを残しながら垣間見える知性は真に美しい。

本当に素晴らしい方は自慢などしない。

自分が素晴らしいことを周りに伝えようなどとは考えもしていない。

そんなことする必要もない。

そんなことをしなくても魅力が溢れ出て周りを魅了する

他者との格の違いが明らかだ。

私も彼女達のように美しく品格を兼ね備えた女性として年を重ねていきたい。

彼女達のように素晴らしいお手本に巡り会えたことに感謝したい。

そしていつの日か私自身が憧れられる存在になれますように・・・